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2006年4月 8日 (土)

1582年ごろの世界の飲み物文化

それでは、のんびり≪コーヒー伝播≫の話しを進めていきましょう。

ヨーロッパの貴族や富裕層の人たちがオリエントの飲み物であったコーヒーに関心を向けた1582年頃に、嗜好的な飲み物として彼らは何を飲んでいたのでしょうか。

実はこの時代は、嗜好的な飲み物文化が大きく3つの世界に分かれていたんです。
その3つの世界を簡単に整理してみましょう♪

・イスラム社会
オスマントルコの中心都市であったコンスタンチノーブル(今のイスタンブール)で世界初の珈琲ハウスができたのが1554年と言われています。 同様にエジプトのカイロ、シリアのダマスカスなどのイスラム社会でもコーランの教えでアルコールを禁じられていましたから≪コーヒー≫が飲み物として多くの民衆に飲まれ始めていたのです。

・キリスト教社会
一方その当時のヨーロッパでの飲み物は?・・・・といいますと、 キリストが最後の晩餐で12人の弟子たちと食事をしたときに『パンは私の肉体、そしてワインは多くの人の罪の許しを願うために流す私の血』だと話して分け与えたことから、修道院などでせっせと造られ嗜好的な飲み物として広まったのがワインです。
そして、ワイン同様にヨーロッパではアルコール飲料が人気を集め、アルコール三大飲料としてビール、シードル(りんご酒)も飲まれていました。
フランスでアルコールを飲ませる店として「キャバレー」と称される店が広まったのが13世紀ですが、ヨーロッパの街中には一杯飲み屋が大繁盛してました。

ですので余談ですが、ヨーロッパにカフェ文化が広まり始めたときに婦人たちは喜んだんですね。 飲んだくれの男性陣が減ることと、家に閉じこもっていた女性たちもカフェなら出入りすることが許されるようになるからなんです。


・アジアの儒教仏教社会
その点、日本ではこの当時に織田信長に贔屓にされた千利休のお茶の文化が始まってます。  ヨーロッパ貴族の酒池肉林に比べて、何も削るものがないところまで無駄を省いて、緊張感を作り出すという「わび茶」世界を完成してるのですから日本文化は凄い!と言わざるを得ません。^^

このお茶文化は中国を起源として、アジアの儒教仏教社会に広く根付いていったのです。

◆アルコールしか飲まなかったヨーロッパのキリスト教社会。
◆アルコールを禁じられてコーヒーを飲んだオリエントのイスラム社会。
◆アルコールもお茶も飲んだアジアの先進国儒教仏教社会。

この三世界に分かれていたというのが面白いと思いませんか。

                   ではまた続きを、乞う ご期待♪ ^^ゞ

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コメント

初めまして

わび茶で一文を書いてみましたので、TBさせていただきました。
宜しくお願い申しあげます。

当時の世界は一味違ったドリンクを求めていたのですね。

投稿: 湖南 | 2006年4月15日 (土) 18時15分

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» わび茶の濁り [アヴァンギャルド精神世界]
◎千利休の一碗の茶の真の味 わび・さびと言うのは、千利休のよく称揚した考え方である。利休は、南方録にて、わびについて次のように説明している。 「さて、わびの本意は、清浄無垢の仏世界を表わして、この露地・草庵に到着してからは、塵埃を払却し、主客ともに直心の交わりなので、規矩寸法、作法など、なおざりに言うことはできないし、火を起こし、湯を沸かし、茶を喫するまでのことであり、他のことはあるべきではない。 �... [続きを読む]

受信: 2006年4月15日 (土) 18時18分

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千利休千利休(せんのりきゅう、せんりきゅう、大永2年(1522年) - 天正19年2月28日 (旧暦)|2月28日(1591年4月21日))は中世末期、安土桃山時代の茶人。何も削るものがないところまで無駄を省いて、緊張感を作り出すという侘び茶(草庵の茶)の完成者として知られる。父は田中与兵衛(田中與...... [続きを読む]

受信: 2006年8月 7日 (月) 04時57分

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