ダヴィンチコードとコーヒー伝播の歴史
週末から俄然と話題になってる映画といえば「ダヴィンチコード」ですね。
私は昨年? いや一昨年ですよね、単行本が発売されてからすぐに読みきった
のですが、内容が複雑でいまひとつ頭の中でスッキリ整理されないでいました。
ところが映画封切りお陰で先週土曜日にはTVでも特番が組まれてダヴィンチが
「モナリザ」に込めた暗号の謎解きを追っていましたが、分り
易くて面白くみました。
(もうこれで映画は見なくともいいかなぁ。^^ゞ)
その物語の発端を少しだけ書くと、キリスト教の信仰信者の
拡大を恐れて、その対策として当時のローマ皇帝コンスタン
ティヌスが300年も前に磔にしたキリストを神に仕立てて国教とすべく福音書を編纂。
その新約聖書を作ったときに≪キリストは結婚することなく妻もいなかった≫
とする物語を編集したことにたいする話しだ。
これ以上書くとこれから読もうとする方や映画を見てみようとする方には面白
さ半減となるのでやめますが、私の興味はダヴィンチコードがコーヒー伝播と
つながります。
このコンスタンティヌス皇帝が330年に、政治の中心都市として首都をロー
マからコンスタンティノーブルに移しました。その都市が東ローマ帝国の首都
として1000年に渡り繁栄を謳歌し、更にオスマントルコ時代に変わってイ
スタンブールと改名され現在に至っています。
また、ダビンチが生まれたのが1452年。
・・ということは、ダヴィンチが生まれた頃にいまのイエメンのモカやメッカ
でコーヒーが市民の間で初めて飲まれるようになったんだ。(前回の伝播話と
食い違いますが、これはまたの機会に解説します)
また「モナリザ」や「最後の晩餐」を書き上げたのが1505年あたりでしょ
うか。そんな西暦年号も「・・ということは、モナリザが書き上げられた頃に
エジプトのカイロにコーヒーが伝わったんだ。」なんて考えてしまいます。
コーヒー伝播の歴史がモノサシとなって世界史も見ることができる面白さです。
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